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写真の造形、イリュージョン

 
 高校時代、美術と音楽は選択科目だった。たったの1年だけだったが、私は迷わず美術を選んだ。デッサンか水彩画をやるものと思っていたら、何といきなり抽象画である。立体派のブラックと思われる絵が線描きされた画用紙を渡され、絵の具で色を塗っていくのだが、これが意外に面白い。いわばぬり絵の抽象画バージョンだが、お手本がないので、形は同じでもでき上がった作品は千差万別だった。

 写真と絵画が全く異なることは承知しているが、この1年間が半世紀を過ぎても影響していることをこの頃感じている。抽象画の苦手な多くの人たちは、「何が描いてあるのか、意味がわからない」という。その点、写真なら何が映っているか説明は不要だ。でも、私は今頃になって、「それが何なの?」と言われそうなものを撮りたくなってしまう。被写体の色彩や形そのものに見入ってしまうことがあるのだ。

 そこで居直って、「写真の造形、イリュージョン」と題して、自己満足的に保存していた写真を公開することにした。「写真よりもミニ・エッセイのほうが面白い」と思っていただければ本望である。
「イリュージョン」―ホキ美術館
ホキ美術館 ホキ美術館は写実画を専門に展示している珍しい美術館で、千葉市緑区の「昭和の森」の手前にある。古典的な写実画は写真技術の発達とともに衰退したが、現代の写実画は写真では表現できないリアルな細密描写で、迫力ある絵を作っている。普段、美術館に縁のない方でも、一度は訪れてみることをおすすめしたい。
 写真は入り口のガラス扉を撮ったもの。椅子に座る若い女性はもちろん絵画(ポスター)で、ガラス扉とそれに映りこんだ美術館前の風景の3つが合成されて、面白いイリュージョンとなった。

 ホキ美術館への交通手段
 🚃 外房線土気駅下車・南口より
 🚌 バス5分「美術館前」下車


「空飛ぶ魔女は小人?」

 小さな公園に続く長い階段を降りていた。足元を見ていないと怖い。踊り場で立ち止まってふと空を見上げると、何とほうきに乗った魔女が! しかし、よく見ると距離は近い。どうやら小人のようだ。しかも、飛んでいるというより、揺れている感じだ。

 最初は幻覚かと思ったが、さすがにここまでくると木の葉だと気づく。おそらくは虫食いの激しい2枚の葉がクモの糸に引っかかり、飛ばされて宙ぶらりんになったのだ。私は夢のない人間なので、説明のつかないことは幻覚のせいにする。でも、幻覚でなくてひと安心。






「謎のスタジオ」―これぞトマソン?

謎のトマソン的物体

 中高年の方はトマソンという言葉を覚えているだろうか。赤瀬川原平たちが中心になって提唱した芸術上の概念で、街角で見る建造物等の人工的な物体が無用の長物と化している状態のことをいう。前衛美術が行き詰まった時代に生まれた遊び心で、要するに「芸術だ」と騒いで面白がろうということ。例えば住宅街の一角で見つけた、写真のコンテナ風ハウス。「STUDIO14」と書いてあるが、黄色いドアから入ることは困難だ。何のためここに、この向きで置かれているのか? 想像を掻き立てられるところがトマソン的なのである。

 註1; 「トマソン」という言葉とその意味・概念との間に深い関係があるのかどうかは不明。「ダダ」や「ハナモゲラ語」と同様に、偶然の産物である可能性が高い。
 註2; 写真では朱色の壁が背景の竹やぶの色と調和しているようにも見えるが、現場に立つと色彩的にもかなりの違和感があり、その点でも「評価」できる。

「桜を見下ろす屋根」

桜と屋根

 日本人にとってお花見は格別なものである。家族や仲間たちが桜の木の下で歓談をしながら飲食を共にする。日本特有のすぐれたコミュニケーションツールであろう。しかし、大半の花見客は、あまり桜の花そのものを楽しんでいるようには見えない。桜が全体的に醸し出す、華やいだ雰囲気に浸っているだけなのである。そこで、たまには一般の花見客が見向きもしない細道を散策してみるのもよい。写真はたったの二、三本で花のトンネルをつくっている地点から、土手の上の住宅を見上げたもので、屋根に見下ろされているようで面白いと思った。
「近視眼的造形作品」
壁の造形

 「一点を凝視する癖のある人は近視になりやすい。だから、視野を広く見ることが大事。近視の人は視野が狭い」―これは昔、ある視力回復トレーニングの先生が、眼鏡をかけている私の前で(失礼と気づかず?)言った言葉である。心の視野が狭い私は、気に入ったものを見つけると、他の余分なものが見えなくなる。その結果、生まれたのがこの写真である。ある商業施設の壁面だが、これが造形的に面白いかどうかは別にして、周囲の風物を入れて撮る意味は全くない。人間の脳は見たいものしか見ないのである。 (千葉市)


「晩秋のミラー効果」

晩秋

 壁面がミラーになった建物の傍に立つと、不思議な感覚を覚える。昔、ツアーでバンクーバーに行ったとき、鏡の壁面の多さに圧倒された。建物が互いの姿を映し合う光景は、無機質でありながら幻想的である。写真のここは千葉市の住宅街。色づいた街路樹が鏡面に映りこんだものである。見る角度によってはこのように1本の木が何層にも映り込むが、別の角度から見ると、壁面は1枚の鏡となって風景全体を映し出す。そちらの写真は別のページで‥‥。
「西遊記の鉛筆削り」

 中国のシルクロード、カシュガルの旅で買った自分へのお土産である。西遊記のミニ・マスコットだと思って手に取ったら、底面が鉛筆削りになっていた。いわゆるハイブリッド商品だが、実用目的で買う人は皆無だろう。デジタル機器の上に飾って、数日は旅の思い出を楽しんでいたが、やがてその存在さえも忘れかけていた。そんなある日、カーテン越しに差し込んだ西日に照らし出されて、三蔵法師と沙悟浄が光り輝いているではないか。早速、カメラを出してパチリ。ライティング技術ゼロの私を、偶然が助けてくれた。

関連ページ カシュガルの旅―1988年シルクロード


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