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カシュガルの旅―1988年シルクロード

  カシュガルの街角と子供たち(なぜかカメラを見ると集まってくる)
 中国・新疆ウイグル自治区の首都、烏魯木斉(ウルムチ)から飛行機で西へ、天山山脈をまたぎ、砂漠を越えるとカシュガルに着く。中国最西端、シルクロードの街だ。近年は中国の国内事情で治安が悪くなっているが、1980年代~90年代は平和だった。

 この自治区はその名前からウイグル族が圧倒的に多いように思われがちだが、ウイグル族の人口は半数に少し満たない程度で、漢族がほぼ4割を占めている。その他に、カザフ族、キルギス族、蒙古族、満族などの少数民族が住む多民族区域である。

 烏魯木斉(ウルムチ)は、人口の半数以上が漢族で占められるだけあって、実際に街の中心部に立つと四方から甲高い中国語ばかりが耳に入ってくる。ウイグルというよりは中国文化の香りが強い地域である。しかし、カシュガルの街に降りると、何もかもがエキゾチックで、イスラムの空気に圧倒される。

 「預言者マホメットの後裔」と称したアバ・ホージャの一族の霊廟

 カシュガルの職人街―手作りの品物を売る店

 1988年に私はカシュガルにあこがれて、ツアーに参加したが、人員はたったの9名だった。他の参加者全員がシルクロード旅行のベテランで、「いつかはカシュガルに行ってみたかった」「今回、やっと申込者が最低人数を超えて、ツアーが成立した」という人たちである。私が「シルクロードどころか、中国旅行も初めて」とあいさつすると、ツアーコンダクターも含めて全員が、あきれながらも妙に感心していた。

 最近、改めて当時の写真を眺めているうちに、短いエッセイを添えてネットで公開してみる気になった。写真としては「作品」の体をなしてないが、エッセイ風のコメントを添えれば何とか形になるだろう。アナログ時代のカメラで、しかもポジフィルム(スライド用)で撮った写真が少なかったため、デジタル化によるデータ保存は限られたものになったのが残念である。
「砂漠の中の不時着」―シルクロードのオアシス、和田空港


 シルクロードの中国南側ルート、和田(ホータン)を知っている人はかなりの通だろう。この砂漠のオアシスには軍事上の機密があるため、観光客は入ることができない。幸か不幸か、我々はカシュガルに向かう途中で嵐に遭ったため、和田に緊急着陸することになった。廃屋となった学校の講堂のような木造の空港施設で、何のアナウンスもなく待たされること2時間。日本からのツアー客9名は、ウイグル族の乗客とともに、何事もなかったかのように飛行機に戻され、無事目的地に着いた。「中国らしさ満喫」の旅だった。
「立ち話」―カシュガルの住宅街

立ち話―カシュガル

 石畳の道路に直接面した窓のない白壁。色とりどりの木の扉。決して美しいとは言えない住宅だが、日本では絶対に見られない民族の風格がある。自由時間にひとり、カメラをぶら下げて散歩をした。服装や持ち物から、誰が見ても私は外国人。漢民族には見えないだろう。人気のない路地がかえって怖い。しばらくして立ち話をするウイグル族らしき女性を発見。ドアを撮影するようなふりをして、素早く盗み撮りをした。広角レンズはこういうときに便利だ。気づかれずに済んだのは、立ち話が深刻だったせいかもしれない。
「砂埃とロバ車」
砂埃とロバ車

 大規模なバザールが開かれる市場に向かう道で、市内のメインストリートの一つである。しかし、交通手段はロバ車が中心で、車はめったに見かけない。人も荷物も、小さなロバが苦しそうに運ぶ。前日、この地方では珍しく雨が降り、水たまりも散見されたが、それでも砂埃で遠くが見えない。参加者の一人が少年の馭者に誘われ、観光用のロバ車に乗った。3元だと聞き、現地の随行員が「それでは高い」と半額に値切ったという。少年が受け取った1.5元は親方に巻き上げられ、その細い手には小さなコインが渡された。


「エイテガール寺院内の大礼拝堂」

エイテガール寺院内の大礼拝堂

 カシュガル市内の観光では、ホージャ族の霊廟や宝石の加工工場、幼稚園児の民族舞踊、エイテガール寺院などを楽しんだ。写真の大礼拝堂はその中の一枚で、新疆ウイグル自治区内最大級といわれる寺院の中にある。この日はたまたまイスラム教徒の礼拝の日だった。通常は見ることができないのだが、写真の奥の老人は遅刻したため、一人で礼拝することになったという。どんな思いで祈っているのか知る由もないが、カメラを向けるのがためらわれるほど厳かな雰囲気で、信仰心のない私でも少し罪悪感を覚えた。
「ナンを売る老人」―カシュガルからパミール高原へ

カシュガルからパミール高原へ

 中国から車でヨーロッパに向かうには、カシュガルからパミール高原を超えてパキスタンに入らなければならない。そのパミール高原中腹の湖(海抜3600m地点)まで観光することになった。中国最西端の街カシュガルから、砂漠の一本道をマイクロバスはひたすら走る。視界に入ってくるのは砂と岩だけだが、意外に退屈しない。途中、運動場ほどの広さのオアシスがあり、数軒の家と露店が並んでいた。ナン一色である。カレーを挟んで食べるとすこぶるおいしいことは後で知ったが、山積みされたナンは、見た目の不衛生さと逆比例して、そのままでも実に美味しかった。
「パミール高原への道」
パミール高原への道

 カシュガルから砂漠を突っ切って、車はパミール高原を登り始める。山というよりは巨大な岩である。そのすき間を縫うように細い道が蛇行している。写真手前の平地の中ほどに小さな川が流れているが、たまに大雨が降ると、川の水は右端の道路を直撃する。道路が壊れてもなかなか修復されないので、時々車はごつごつした石だらけの河原を走らなければならない。その度に我々ツアー客は車を降ろされ、進路を阻む大きな石を取り除く作業を余儀なくされた。だが、悪いことばかりではない。おかげで初対面の人たちとの連帯感が深まった。


「ブルンクル沙湖」

ブルンクル沙湖

 パミール高原中腹の湖を目指す。急峻な道をジグザグと上っているうちに、突然視界が開けてきた。目的地とは別の湖である。すべてがモノクロームに近い風景の中で、ところどころに生い茂る雑草の緑が目立つ。ここで車から降りて休憩。ぐるりと周囲を見回したが、湖はパノラマ写真2枚を継ぎ合わせても収まらない広さだ。家や樹木はその影さえも見せない。しかし、よく見ると遠方に草を食む馬(それともロバ?)が一頭と、米粒のような白い犬がいる。まるで「神の領域」のような山岳地帯にも、人は住んでいるのだ。

 ブルンクル沙湖; 山の彼方(西方)にはキルギスタン共和国があり、写真には写っていないが、その左手前(南方)にはパキスタンに続くパミール越えの道が見える。

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